□サイト名:二人、一緒。
 管理人:雲宮 梨音 様より頂き物

「クリスマスの夜に」

真っ暗な夜。月光を頼りに道を進むにはとても暗い。
「さむい……」
 ぽつりと呟いた少女の声は、街中の喧騒で掻き消された。今日は国民が総出で上げる一大イベントがある日だった。しかし今の少女はそんなことはどうでもよかった。鼠色の薄手のシャツに、すこし端が破れたスカート。今の季節には全く合わぬ格好である。少女は自らを抱え込むようにして、地面に座り込んだ。
「クリスマスなんて、大嫌い」
 少女がむすっとした表情で呟くも、また掻き消される。深夜なのにこの騒がしさ。流石に外で出歩いている人はいないが、ぬくぬくとした屋内で互いに談笑をし合っているのが聞こえる。
 本当に、クリスマスなんてなくなればいいのに。と少女は地面に転がっていた小石を蹴りながら思った。親から見捨てられた少女にとっては、クリスマスはただ憂鬱になる日だけだった。
 神様はなんて不公平なのだろう。周りの人はこんなにも幸せに笑っているのに、私にはそれが与えられていない。
 考えているうちに目頭が熱くなってきた。しかし少女は決して、涙を流すことはしなかった。ここで泣いたら、神様に負けてしまうという気がしたのだ。そう心に決めてはいたものの、どうしてなのか少女の瞳には零れ落ちそうなほど大きな雫が溜まっていた。少女は慌てて上を向いた。その雫を決して零さないように、と。
「あ、ひゃあ」
 少女は素っ頓狂な声を出して、躓いてこけた。上を向いて歩いていたのがいけないのだろう。せっかく零さないようにした涙も、転んだ拍子にいつの間にか頬を伝っていた。
 負けた。私は神様に負けてしまった。
 頬を伝って顎先から地面に落ちていく雫を見て、少女は思った。そして一気に涙が溢れ出てきた。せっかく我慢していたのに、一度緩んでしまった涙腺はどうにももとには戻らない。少女は地面にへたり込んだ格好のままで、泣いた。
 すると何かが少女の頬を撫でるのに気がついた。少女がはっとして顔をあげると、そこには男性が立っていた。
 男性は漆黒の長い髪を一纏めにし、黒いスーツに黒いシルクハットを被っている。
「なにを泣いている……? こんなクリスマスの日に」
 男性がどこか困った風に、それでいてどこかどうでもいいような表情で聞いてきた。少女はクリスマスという単語を聞いて、顔をしかめた。
「こんな日だからこそ、泣いているの。
 あなたこそ、何よ」
 少女は泣いていたのを見られていたという恥かしさからふいと顔を逸らして涙を拭う。男性は少女の言葉にどう答えようか迷っている素振りを見せた。そして少しの間のあとに、少女の目の前で手を差し出してきた。
「一緒に来い」
 優しく囁かれたわけでも、笑顔を言われたわけでもない。ただ一言、少女が来るのをあたりまえだと思っているような口調で言われた。少女は男性と手を見比べた。
 男性の手は少し骨ばっていて、大きい。もとから肌の色が白い男性はやはり手も白く、差し出されているところは特に月光にあたっていることもあり余計に白く見える。少女は少し迷ったが、男性の手にそっと自らの手を重ねた。男性はそれに満足したのか、少し笑っている表情が窺えた。男性は何も言わずに少女を立たせ、暗闇の奥にある道を進んで行った。
「ど、どこへ行くつもりなの」
 少女は男性の大きな掌をやんわりと握り返しながら尋ねた。別に男性が怪しい者と疑っているわけではない。確かにあの言動だけでは不審者ではあるが。
 男性は少女を引く手を離して、怪訝そうな顔で振り向いてきた。
「……今、君が思っていることが手に取るように伝わってきたぞ。ふむ、確かにそうだな。わたしが不審者と疑われても不思議ではない。しかし、不審者かそうでないかはわたしがどうこういって何かなるわけではない。君がわたしのことをどう思うかだ。だが、取りあえず行き先は教えておこう」
 わたしの心が読まれた! 少女は内心で焦ったが、それをも見透かされそうで少女は、表面上は先ほどと同じ表情を保った。どうやら男性は行き先を教えてくれるらしい。
「わたしが今向かっているのは劇団だ」
 男性はそれだけ言ってまた少女の手を取り、道を進んで行った。
 外の外気と同じくひんやりとしている男性の手を、今度はしっかりと握り返した。そうすれば、少女の手を引く男性の手からも更に強く握り返してくれるのが分かった。少女は何故かそれが嬉しかった。
 男性は再び立ち止まり、少女の方へ振り返った。今度は少女が怪訝そうな顔をした。男性は少女の姿を上から下まで見ると、軽く謝ってきた。
「すまない、気が利かなかった。これを使うといい。劇団まではまだ距離がある」
 男性はそう言って自分の上着を脱いで少女の肩にそっと掛けた。
「ありがとう。
 ……わたしはランフィーネ。あなたは?」
 少女は肩にかかった温もりを逃すまいと、上着に手を通して前を閉めた。男性は少女の質問に、一瞬悩んだが、すぐに答えてくれた。
「わたしの名前は、ない。だがわたしの仲間はみな、団長と呼んでいる。君、いやランフィーネもそう呼んでくれてかまわない」
 男性はくるりと背を向けながら少女に言った。男性は後ろ手に手を伸ばしている。少女はその手を握ると、また歩き出した。
 二つの影はゆっくりとイルミネーションで彩られた道路から外れた道を進んで行った。先ほどまで寒くてどうしようもなかったのだが、今は体中が温まっていた。
 もしこれが夢でないのならば、神様はわたしにクリスマスプレゼントを与えてくれたのかもしれない。もしそうなら、神様に先ほどの態度を許してもらわなければならないな。
 神様、わたしを孤独から救い出してくれてありがとうございます。
「クリスマスは嫌いだけど、こんなクリスマスは嫌じゃない」
 思わず少女は小さくそう呟いていた。それが聞こえたのか、どうかは分からないが、男性は振り返ることはせずに少女に言った。
「これからよろしく、ランフィーネ」
 少し小さな声だったが、それは十分に少女の耳に届いた。
「うん! よろしくね、団長」
 少女はそれに元気よく答えた。
 こんなクリスマスは、悪くない。少女は心の中でそれを繰り返して、久しぶりににっこりと笑った

ヒトコト
梨音さんより、クリスマスフリー小説頂いてきました。
いいなーこういうの!いいなーこういうクリスマス!
自分で書こうとすると女の子が出てこないから困る。

モドル