「エンドレス」

 夜道。
 街灯も仄かで、人通りも少ない道。
 男は、今日がチャンスだと思った。
 今日がチャンスだと知っていた。
 今日しかチャンスが無いと理解っていた。
 本能的に。
 感覚的に。
 あの女を殺すには今日しかない……と。
 暗闇で息を潜め、男は、女が通るのを待った。
 電柱の陰に隠れるなんてのは我ながら間抜けだと思うが、それでも男は待った。
 あの女。あの詐欺師め……俺を騙したあの女に、今夜、復習を果たす。
 そう思うと、そう自覚すると、自然と笑みが零れた。暗く……邪悪な笑い。
 両手でしっかりと握るナイフ。

 そして……人影。
 あの女だ。
 辺りに人はいない。
 一人。
 落ち着け。
 落ち着け落ち着け。
 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
 自分に、言い聞かせる。
 暗示の様に。
 呪いの様に。
 そして男は走り出す。
 握りしめた、ナイフで、ひと突き。
 女は呻き声を上げ、倒れる。
 まだ息がある。
 喉を掻き切り、声を止める。
 そして……刺す。
 刺す刺す。
 刺す刺す。
 刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す。
 最後に、胸に突き立てる。
「終わった……」
 達成感より虚しさ。
 見ると回りには大量の血。
 男は、そして、立ち去った。
 何処へ行くかはわからない。

  ◆    ◆

 恋人を殺された男がいた。
 仕事を終えた帰り道、通り魔に襲われたそうだ。
 鋭利な刃物を使っての刺殺。
 無惨にも……メッタ刺しにされて殺されたらしい。
 通り魔だから、特定できる可能性が低いからと言われた。多分、警察は最初から犯人を捜す気は無かった。
 犠牲者が一人だから。
 一般人だから。
 他人事だから。
 よくある、事だから。
 表面ではしっかりやってますみたいなことをしておきながら、結局は何もしていない。
 無能。
 だから、俺は自分で成し遂げる。
 そう……。
 復讐を。
 彼女を殺した犯人を。
 必ず、この手で。

 男はありとあらゆる手を使い、情報を集めた。
 死体のあの状況から言って、ただの通り魔の可能性は低いだろう。通り魔なら、あそこまで……あんなになるまではしないだろう。
 ならば残るは……、怨恨。
 彼女に恨みを抱いた何者かが……あり得ない話では無かった。
 実際彼女は自分の他に何人もの男と交際があった。
 そのうちの誰かが、振られた恨みを抱いていてもおかしくはない。
 そう、考えて彼女の交友関係を調べ、友人知人の話を聞きに回った。
 探偵を雇い、自身も走り回った。
 そして得た一つの情報。
 彼女に恨みを抱いてそうで、最近連絡が取れなくなった男。
 顔と、名前が判明った。
 何故かは知らないが、俺はこの男だと確信した。
 ポケットの中のナイフがやけにハッキリと感じられる。

 ナイフ。
 このナイフは偶然拾ったものだった。
 犯人を殺すときは刃物を使うと心に決めていた。
 彼女と同じ苦しみを味わわせようと思ったのだ。
 犯人に関する情報を集める合間にでも買おうと思っていたのだが、犯行現場から少し離れたところにある川、そこで偶然このナイフを見つけた。
 怪しく光るナイフ。
 何故今まで誰にも見つからなかったのか判らなかったが……兎に角、このナイフを使いたい衝動に駆られた。
 そして決めた。
 このナイフで殺してやると。

 そして一ヶ月後。
 犯人の男の現在の住所を既に調べ上げていた。
 そして……今、男は扉の前にいる。
 この奥に奴が……彼女を殺した犯人がいる。
 ゆっくりと……鍵のかかっていない……扉を開ける。

  ◆    ◆

 逃亡生活数ヶ月。
 いつ警察がくるかと怯える日々は過ぎた。
 どうやらただの、よくある通り魔として処理したようだ。
 自分が……自分だと割れることはないだろう。
 安心していた。
 確信していた。
 油断していた。
 そして、不意に扉が開いた。
 外から一人の男が侵入ってくる。
 見覚えのある……ナイフを持って。
 そう、女を殺した……あのナイフ。
 何故この男が持っているのかはわからないが
 自分はもう助からないということだけはわかった。
 そして、諦めていた。
 
 ◆    ◆
 
 扉を開ける。
 呆然とした男が中にいた。
 コイツだ。
 コイツだ。
 コイツだ。
 男は、驚いてはいたが、諦めたような雰囲気を醸しだしていた。
 相手がなんだろうと構わない。
 こっちにはこっちの言い分がある。
 少なくとも、コイツは彼女を殺したんだ。
 だから……俺も、コイツを殺す。
 殺す。
 殺す殺す。
 コロスコロスコロスコロス。
 そしてナイフ……。

 一瞬だったのかもしれない。
 永遠だったのかもしれない。
 男は、血の海に佇んでいた。
 終わった。
 俺の復讐はこれで終わった。
 もういい。
 もうこれでどうなってもいい……。

 男は……去っていった。
 その手には、何故かナイフが無かった。

  ◆    ◆

 夫を殺された女がいた。
 刃物でメッタ刺しにされ、貸しアパートの一室で殺されていたらしい。
 数ヶ月前から連絡が取れなくなり、捜索願を出していたのだが……最悪の形での再会となってしまった。
 女は……復讐を誓った。
 右手には……"あの"ナイフを持って。

 エンドレス。

アトガキ  webclap!
サイト作った最初期の短編、をちょっと修正した奴。
今から見ると改行が酷いうざいです。
ナイフに篭もった怨念とかそういう話なんでしょうね。

モドル