「欠片」

「死ぬ方法を教えて下さい」

 僕がそう言うと、彼女は話し始めた。

「君が……そうだね、例えばパズル、ジグソーパズルがあるとしよう。君はそれを本来あるべき形に、無惨にも解体されたその破片を、一つひとつ丁寧に組み上げていく。端から順に作るのもいいし、予め手順がわかっているかのように淡々と嵌めていくのかも知れない。それはまったくの自由だし私が関与すべき点は何処にも無い。これは飽くまで君の場合のことだからね、組み立て方の決定権は私には無い。さて、そうして組み上げるジグソーパズルも段々と全景が見えてくる。映っているのは何処かの山かも知れない。別にイルカやペンギンでも良いのだけどね。これは例え話だし、その辺は適当にこちらで決めても差し支えないだろう? なんなら好きな絵を指定して貰ってもいいけど…? いいかい? じゃあ話を戻そう。半分くらい出来た頃に君は思う。初めはただそれぞれ独立した、しかしそれ自体では意味を持たない物体だ。だというのにこれはどうだろう。まだ半分ほどだというのに既にそれらは……いやソレは意味を持ち始めている。多分人はその様子、その過程を楽しむためにパズル……とりわけこの場合はジグソーパズルをやるのだろうね。さて、そんなことを思いながらパズルを解いていく君は、ときに思わぬアクシデントに出くわす。突然の地震に、それまで組み上げていたピースが崩れるかもしれない。また、何かの拍子にピース自体が壊れてしまうかもしれない。それは君の人生にも言えることだ。いつか君は「とりかえしのつかない失敗をしてしまった」と、そういう風に思うこともあるかもしれない。そういう壁にあたることもあるかもしれない。でもね、たいていの場合それは「とりかえしのつかない」と思いこんでいるだけで、どうにでもなるような場合が多いんだよ。パズルのピースは壊れてもいなければ無くなったわけでもない。近くにあるのに見つけられないだけだったり、持っているのに嵌める場所がわからないだけだったり、そういう些細な事で足踏みしたり立ち止まったりしているだけなんだ。それでも君はそれを乗り越えて、やっと最後まで辿りつく。でも、だがしかし、君は最後の最後で思いも寄らなかった自体に見舞われる。

――最後の一片が足りない――

山の絵を完成に至らせる一欠片。ペンギンを構成する破片。それが足りない。ここまで時間を掛けながら、丁寧に組み上げておきながら……これだ。たった1ピース……それだけでこの絵は終わりだ。決定的に未完成だ。完膚無きまでに未完結だ。永遠に永劫に止まり続けるだろう。永久に永々と終わる事が出来ないだろう。既に終わってしまったのだから、もう終わる事は出来ない。それが……今の君だ。そうだろう? 最後のピースが無い、故に終われない。つまり――」

「死ねない」

「そう、つまりそういうことだよ。不老かつ不死である君の身体は精神によって縛られている。それを解くために、物語を完結させるためには、最後の欠片を探さなければならない。ここで考える。本当に最後のピースは無かったのだろうか? 先ほど、一度言ったとおり、最後のピースも、君が見落としているだけでは無いのか? もしかしたら見つけているのかもしれない。そうしていながら、無意識のうちに、嵌める事を拒んでいるのではないのか。こんなものはただの推測にすぎない。結局何もわかってはいない。そもそも、君は本当に死にたいのか? 本当に終わらせたいのか? それすらもわからない。真実なんてものは何処にでもあるし、同時に何処にだって無い。ただ一つ、もし君に最後のピースがあるのなら、それはきっと君ではない、誰かが持っているのだと思う。友人かもしれない、恋人かも知れない、見知らぬ他人かもしれない。もしかすると私かもしれないけどね」

 僕はただ困ったようにして曖昧に頷く。

「もし、最後のピースを持つのが私だとしたら、いつになるかはわからないが責任を持ってこの手で殺してあげよう――いつでもここにおいで」

 そう言った彼女に、初めて、しっかりと頷き返し「ありがとう」と、力強く礼を言った。
 背を向け、帰ろうとする僕に

 ――でもね
 と、彼女は最後に言う。

「パズルのピースって失くしたら新しいのを貰えるんだよ」

アトガキ  webclap!
これもまた以前書いたもの。
死ねない少年と凄い女の人。

モドル