「オーバーフロウ」

 XXXX/12/24.
 こんにちは、僕の命日。
 
  ◆    ◆
 
 誰だって一生に一度はあると思うけどさ、大抵の人はきっと気付かないで終わると思うんだよね。そりゃ世の中には知らない方が幸せってことがあるくらい、ガキの僕だって理解ってるさ。
 十分に、十二分に、ね。
 それにしたって世界中端へ端へと探してみたところで、コレぐらい知りたくない、知らなくて良かった……なんて思うモノもそうそう無いんじゃないかと思う。そしてまったく残念なことに、僕はその知らなくて良いモノを知ってしまった人間の一人だ。
 多分それは不幸なんだろうと思う。
 多分そして不運なんだろうと思う。
 
  ◆    ◆
 
 余命零日。
 十五歳の誕生日を明日に控え、僕は今日死ぬのだった。
 こんにちは、僕の命日。
 
  ◆    ◆
 
 ニッツというのが僕の名前だったと思う。
 七年前の今日、僕は鉄と雪とライトの乱れる街の中を駆け回っていた。その走りに熱中しすぎた所為で見た事もない、暗く怪しい感じのする場所に行き着いてしまった。
 そこは僕の家がある地区とは違い、とても人の住むような場所には思えなかった。
 僕らの住む街は機械的で、人の手が行き届いてない場所なんて無いくらいに人工的で、それでいて残念なコトに人の心は隅々まで行き届いていなかった。文字通り"夜の失い街"なんて呼ばれる、高度に文明化された、夜すら必要の無い居住区。
 それが、僕らの住む街だった。
 そんな、文明文明してるような街だけど、高度な文明ってのは大抵の場合犠牲を必要とする……らしくて、まあ簡単に言うと環境不適応者みたいのを沢山作りだしてしまったのだ。例えばそう……僕が迷い込んだ場所に転がる、浮浪者たちのような。
 冷静な頭で考えれば、彼らは同情されるべき、保護されるべき弱者であり、決して悪人であったり恐い人では無いのだろうけど……文明だとか不適応者みたいなムツカシイ言葉を知らない当時の僕は、恐かったのだ。
 ただ恐かったのだ。
 ただただ恐かった。
 だから僕は走った。
 どうにかこの場を離れようとして。何かに憑かれたかの如く、全力で走った。ガキの全力なんてたかが知れているけれど、それでもあの時の僕には果てしない距離に思えた。
 そして――僕は行き着いた。
 行き着いてしまった。
 灰に囲まれた袋小路に。
 或いは人生の終わりに。
 若しくは生き止まりか。
 僕は生き着いた。
 最悪と、そう形容すべき運命の元へと。
 此の日、僕の人生は決定的に運命付けられた。
 或いは、自身の持つ運命を、自覚させられた。
 カラタチハカリという、緑の占い師によって。
 
  ◆    ◆
 
 サンタが街を歩いている。
 冬の街はいやに賑やかだった。白い雪も、イルミネーションも、街を歩く人々も、何処かわざとらしいように思える。
 わざとらしい。
 それはそうだろうと思う。どうせ何もかも作り物なのだ。この街には……きっと本物なんて無い。アレもコレも、上辺ばかりのニセモノばかりだ。薄っぺらい何かでしかない。
 あの日から、気がつくと僕の周りはニセモノだらけだった。
 仕組まれたような会話。
 作られたような光。
 見せられるような世界。
 死を意識すればするほど、世界は薄っぺらく変わっていった。
 世界が薄くなる程、生きることへの執着が、消えていく気がした。
 
  ◆    ◆
 
 吐く息が白く凍る。
 街は明るいけど、人生最後の日はとても寒かった。
 手袋も嵌めていない両手は、死体のように白くて、まるで自分のじゃないみたいだ。
 死体のように。
 なんて……皮肉。
 そう、僕は今日死体になるんだ。
 冷たい手も、歩く足も、眼も、口も、心臓も止まって。
 全部、自分のモノじゃなくなり……終わるんだ。
 そう改めて認識すると、足下がぐらぐらしてきた。
 足下から全身へ、震えが広がる。
 寒さのせいか。
 それとも……恐いのか。
 七年間、僕はこの日に備えてきた。この日が来る事を覚悟していた。
 気持の整理なんて付いてると思ったのに。
 未練なんてモノ無い筈と思っていたのに。
 恐いのか。
 ニセモノの世界から消える事が、そんなに恐いのか。
 そうなのかも知れないし、違うのかも知れなかった。
 終わりは来る。
 僕が何を言おうと、僕が何を思おうと、関係なく終わりは来るのだ。
 それでも……諦めた筈の想いが、どこかに引っ掛かっているようで、酷く居心地が悪かった。
 
  ◆    ◆
 
 僕の運命を知った人間に、昔された質問を唐突に思い出した。
 
 あなたは苦しくはないの。哀しくはないの。
 辛いとか恐いとか……あなたは思わないの。
 
 その顔は真剣だった。真剣で、泣きそうな顔だった。死にそうな顔だった。
 どうしてキミがそんな顔をするんだ。
 死ぬのは僕なのに。
 終わるのは僕なのに。
 理解らなかった。
 僕には何も、理解らなかった。
 なんて答えたのかも……思い出せなかった。
 
  ◆    ◆
 
 僕は街の中心部へたどり着いた。
 より一層明るく。
 より一層嘘のような街へ。
 
  ◆    ◆
 
 緑の占い師の言葉を思い出した。
 
 キミは死ぬ。どうしようも無く死ぬ。
 これは逃れられない運命だ。
 世界が決めた出来事だ。
 
 僕は思う。
 ホントウに逃れられないのだろうか。
 例えば、ニセモノだらけの世界なら、その運命を変える事ぐらい……。
 
  ◆    ◆
 
 目の前にはツリーがあった。
 街で一番大きい、クリスマスツリー。
 ツクリモノの木。
 ニセモノの飾り。
 
  ◆    ◆
 
 あの問いの答えを思い出した。
 
 苦しくは無いと思う。
 哀しくも無いと思う。
 だってニセモノだらけだもの。
 ニセモノから消えたって……僕は傷つかない。
 
 アレはきっと嘘なんだろう。
 多分、僕は苦しい。
 多分、僕は哀しい。
 じゃあホントウの答はなんなのか。
 やっぱり僕には判らなかった。
 と、唐突に街中の電気が、全て落ちたように暗くなり――
 
  ◆    ◆
 
 瞬間、世界が光に止まった――
 
  ◆    ◆
 
 街で一番大きなクリスマスツリー。
 そのイルミネーションが、点灯した。
 僕の眼に飛び込む光。
 アッ……。
 この光はホンモノだ……。いいや、違うそれだけじゃない。
 耳へと流れ込む音。
 その寒さ、喚声、雪、人。
 全てが一体となって、僕の中へ、僕の内へ溢れていく。
 そして、僕は理解した。
 ――ニセモノなんて無かった。
 あの人も、この雪も、そして目の前のツリーも……全部ホントウなんだ。
 そう思うと、涙が流れてきた。
 僕が恐かったのは、僕が苦しかったのは、僕が哀しかったのは、全部世界がホントウだったからだ。
 今まで僕を苦しめてきたのは、哀しくしてきたのは、ホントウの世界に終わって欲しくないからだったんだ。
 
 時計台の鐘が鳴る。
 緑の占い師の占告は外れた。
 
 僕は今日の事を忘れない。
 僕は今自分の為に泣ける。
 そう知って僕は幸せです。
 
 さようなら、ニセモノの世界。
 こんにちは、僕の誕生日。

アトガキ  webclap!
最初はもっと長かったんです。
長すぎてとてもじゃないけど配付とか出来ないレベルで。
なんとか短くおさめたら話として不自然になってしまったような気がするというていたらく。
これの後日談とかあるんで……というか当初の設定とか、あとでUP出来たらなーと。

モドル