「イエデナシ」

 私が帰宅した時、私の家は家では無かった。
 
 最初の切っ掛けはホンの小さな違和感だった。
 ……おかしい……何かが違う……。
 私が自分の家(だと思っていたモノ)に帰ると、そんな風な感じを……何かおかしな予感が私の中に生まれたのだ。
 ……勘違いだ……。
 ただ散歩から帰ってきた其の疲れから来ている、勘違いの様なモノだろうと、私も最初はそう思ったのだ。ぐるりと部屋を見渡してみても、何も変わったところはない。家を出る前と全く同じ様子である。たかだか四畳程度の部屋である、間違いようがない。然し……奇妙な感じは拭えない……その恐ろしいこと……オゾマシイこと……。だが、事実として何の変化も見受けられないのだから仕方がない。
 ……勘違いだったのだ、疲れているダケなのだ……。
 然う自分に言い聞かせ、気を落ち着けようとしたのだが……。
 アア、然し其れは間違いであった。私が……私が感じた予感は、私の中に生まれた違和は、正しくのモノだったのだ。
 散歩の後の習慣……いつものように喉を潤そうとした私は、戸棚を開けて仰天した。
 アッ……茶が……茶が失い……。
 戸棚の中、私の茶葉が、既に尽きていたのだ。
 コレでは……これでは茶が飲めない……。
 私が常日頃から言っていることの一つに、こんなことがある。
 茶の無い家は家に非ず。
 そう、普段から説いている私が、私の家が……私の家に茶が無いなどと知れたら、どう思われるだろうか。嗤われるだろうか。軽蔑されるだろうか。
 いや、其の様なコトはどうでも佳いのだ。他人の評価など私の知るトコロではない。
 私が尤も恐れているのは……家が……家が家でなくなる事なのだ。
 私の部屋には錠前すら無い。だからせめて、せめて茶だけても置かなければ……そう心掛けていたのというのに。
 タ、大変だ……。
 臓腑が冷たく為り、同時に体の底から冷や汗が溢れてきた。ガタガタと震える感じは何処から来るのだろうか。仰向けに縺れるような体勢でそのまま後ろへ下がった私は、弊履を穿つコトも侭ならぬ状態で外へ出た。
 ハヤク……はやく茶屋を見つけねば……。
 内心の動揺を隠す事も出来ず、恐らくは死人のような真青(若しくは真白)な貌をして私は走った。
 行きつけの店は定休日であった。
 街の方の店では売り切れていた。
 隣の市迄走ったが、そも店自体が無くなっていた。
 モウ……駄目だ……。
 失望した。
 望みを、失ったのだ。
 先ほどまで早鐘の如く響いていた心臓は、すっかり大人しくなっている。
 ……終わったのだ。
 私の家は家で無くなるのだろう。錠も無く茶も無く、残るもう一つの条件すら満たせぬモノなど、家とは呼べない。其れは家のカタチをした何かであり、ニセモノですらない。こうして私は家を失ったのだ。
 恐怖と疲弊と諦念の為か、頭が酷く芒としている。辺りは何やら魔物でも出そうな雰囲気に暗転している。
 喉が……渇いた。
 早く帰りたいと、何か喉を潤したいという一心で私は歩く。そうして砂漠を往く幽鬼の足取りで、私は私の部屋へと辿り着いた。
 そして私は想うのだ。
 
 ……おかしい……何かが違う……。

アトガキ  webclap!
大したことじゃあないですが、この私。
マヨイハナシに於ける私と同一人物なつもりです。
そういうわけで、彼の家には、常にお茶が無かったり。

モドル