「アレ」

「しかしアレですなあ……おたくのところもそうですかな」
 なんとなくに話しかけてみた私は、相手の反応を伺った。
「アレ……とはやはりアレのことでしょうな?」
「ああ、アレです」
「ふむ、私のところはアレがああですが、貴方の方はああなってアレでしょう? 私の家などまだまだアレですよ」
 甚平姿の相手は謙遜しているが、実際は彼の家が更にアレでアレなのを私は知っている。彼ほどのアレならばもっとアレしても良いぐらいなのに、それをおくびにも出さないあたり、なかなかのアレと言える。
「ところで、アレはともかく、あの話などどうですかな?」
 突然の質問に少々面食らった感じになるのだが、アレとはアレのことだろうか。
「ああ、アレでしたらああいった感じに進んでいるので全然アレですよ」
 すると彼は驚いたように、
「なんとうらやましいことで……この時期にアレがああなっている方などそうそういらっしゃいません。素晴らしいですな」
「いやいや、それほどでもありませんよ。アレはああですが、あっちのアレなどまだまだああいった感じですから」
「ああ、アレならば仕方ないですよ。現状でしたら世界的に見てもまだアレですしね」
「しかしおたくのアレは……」
「いやあ、アレはああですけど、それまでにちょっとしたアレをアレしたからでして……」
「なるほど、そういうアレですか」
「そういうアレです」
 むう、そういうアレだったとしてもやはりこの彼は普通ではない。アレをアレする時点でそもそもその辺に散らばっている人間には不可能とも言えるようなものなのだから、やはりあの噂は本当だったのか。
「ソレニシテモ私ニハ"アレ"トイウモノガ何ナノカサッパリ見エテコナイノデスガ……」
 彼の向かいに座る犬の紳士がそう言いかけた時、店員がアレを持って現れた。
「ふむ、どうやら貴方のアレのようですね」
「そのようですな」
 店員は愛想良く微笑み、私の元へアレを置いた。
 紛れも無くアレのようだ。
 私が見入ったようになっていると、
「それでは私はそろそろアレなので失礼します」
 そう彼は言い、手元のアレを犬の紳士の上に流し込み、去った。
 私の元にはアレが一つ残っただけだった。

アトガキ  webclap!
まあアレがアレなんですよ。

モドル